家族信託とは?認知症対策としての使いどころと、向かないケース
監修:天尾信之(税理士・登録番号 第136528号/税理士法人Ambitious 代表)
相続・事業承継の相談実績3,000件超。YouTube「まるごと安全相続ch-あまおう税理士」運営(登録者4.2万人)。
公開日:2026年9月11日 最終更新日:2026年9月12日
【結論】「凍結を防ぐ」制度です。節税の制度ではありません
家族信託は、財産の管理・処分の権限をあらかじめ家族に託しておく仕組みです。判断能力が低下しても、託された家族が本人に代わって自宅を売ったり、賃貸物件を管理したりできます。認知症による資産凍結を防ぐ手段として、最も自由度が高い方法です。ただし——ここを誤解される方が非常に多いので先に申し上げます。家族信託そのものに節税効果はありません。信託しても相続税は変わりません。「家族信託で相続税が減る」という説明を受けたら、その中身を確認してください。そして向かないケースもあります。施設への入居契約や医療の同意は、家族信託ではできません。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 何をするか | 財産の管理・処分の権限を、信頼できる家族へ託す |
| 根拠 | 信託法(平成18年法律第108号/平成19年施行) |
| 3人の登場人物 | 委託者(託す人)・受託者(託される人)・受益者(利益を受ける人) |
| 節税効果 | ありません(相続税は変わりません) |
| いつ効力が生じるか | 契約したとき(任意後見と違い、すぐ動きます) |
| できないこと | 身上保護(施設入居契約、医療の同意、介護サービスの契約) |
| 契約できる時期 | 判断能力があるうちのみ |
| 費用 | 主に設計時にかかります(後見のような継続的な報酬は原則ありません) |
仕組み — 3人の登場人物
家族信託は、3つの役割で成り立ちます。
| 役割 | 誰がなるか | 何をするか |
|---|---|---|
| 委託者 | 財産を持っている本人(親) | 財産を託す |
| 受託者 | 信頼できる家族(子など) | 財産を管理・処分する |
| 受益者 | 利益を受ける人(通常は親自身) | 家賃・売却代金などを受け取る |
典型的な形はこうです。
父(委託者・受益者) → 長男(受託者)に自宅を信託
長男が名義人として管理し、必要なら売却できる
売却代金は父(受益者)のもの。父の施設費用に充てる
ここが重要です。 名義は長男に移りますが、利益は父のものです。 そのため、この時点で贈与税はかかりません。
信託された財産は、受託者の固有財産とは分けて管理されます(分別管理義務)。受託者が破産しても、信託財産は差し押さえられません。
何が解決するのか
判断能力を失っても、動き続けます
判断能力が低下すると、次のことができなくなります。
| できなくなること | 家族信託があれば |
|---|---|
| 自宅の売却 | 受託者が売却できます |
| 賃貸物件の修繕・建替え | 受託者が判断できます |
| 賃貸借契約の締結・更新 | 受託者ができます |
| 預貯金の払戻し(信託した分) | 受託者ができます |
| 借入れ(信託内借入) | 契約に定めれば可能 |
最も切実なのが自宅の売却です。
「施設に入るので自宅を売って費用に充てる」——判断能力を失った後では、家族でも売れません。 成年後見を申し立てても、居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要で、相続対策としての売却は認められにくくなります。
家族信託なら、契約で定めておいた範囲で、受託者の判断で売れます。
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二次相続の先まで、承継先を決められます
遺言書では「自分の次」までしか決められません。
家族信託では「その次」まで決められます(受益者連続型信託)。
父 → 母 → 長男の子(孫)
というように、二次相続・三次相続の承継先まで指定できます
信託法91条により、信託設定から30年を経過した後に新たに受益権を取得した受益者が死亡するまでという期間の制限があります。無期限ではありません。
こんな場面で使われます。
- 子がいない夫婦で、自分の血族へ財産を戻したい
- 再婚family で、先妻の子へ最終的に承継させたい
- 障害のある子の生活を、その後まで含めて設計したい
節税効果はありません
ここは繰り返します。家族信託そのものに節税効果はありません。
| よくある誤解 | 実際 |
|---|---|
| 「家族信託で相続税が減る」 | 減りません。 受益権が相続財産として課税されます |
| 「贈与税がかからないから得」 | 委託者=受益者なら課税されないだけです。財産は移っていません |
| 「不動産の評価が下がる」 | 下がりません。 信託前と同じ評価です |
信託受益権は、信託財産そのものを持っているのと同じように評価されます。 自宅を信託しても、自宅の評価額がそのまま課税対象です。
では税務上、何が変わるのか
変わるのは「凍結されないこと」による間接的な効果です。
- 判断能力を失った後も、賃貸物件の建替えや組み替えができる
- 小規模宅地等の特例の要件を満たす形に整えられる
- 売却して納税資金を用意できる
つまり「対策を続けられる」という効果です。 家族信託自体が税金を減らすわけではありません。
「家族信託で相続税対策」という提案を受けたら、
「具体的にどの制度で、いくら減るのか」を確認してください。
説明できないなら、それは節税対策ではありません。
デメリット・向かないケース
メリットばかりが語られがちですが、はっきりした弱点があります。
1. 身上保護ができません
施設への入居契約、医療の同意、介護サービスの契約——これらは家族信託ではできません。
家族信託は財産の管理・処分の制度です。本人の生活や療養看護に関する法律行為は含まれません。
そのため、任意後見契約との併用が必要になることが多くあります。
2. 信託した不動産の損失は、損益通算できません
これは税務上、最も重い制約です。
信託した不動産から生じた損失は、なかったものとみなされます(租税特別措置法41条の4の2)。
具体的には次のようになります。
| 内容 | 扱い |
|---|---|
| 信託不動産の赤字 | 他の所得と損益通算できません |
| 信託不動産の赤字 | 翌年へ繰り越せません |
| 信託していない不動産の黒字との通算 | できません |
| 複数の信託がある場合、信託ごとの通算 | できません |
大規模修繕や建替えで大きな赤字が出る年に、これが効いてきます。
賃貸物件を信託する場合は、この点を必ず検討してください。
3. 受託者の負担が重い
受託者には法律上の義務があります。
- 分別管理義務(信託専用口座を作り、自分の財産と分けて管理する)
- 帳簿の作成・報告義務(年1回、受益者へ報告)
- 忠実義務、公平義務
信託財産から年3万円を超える収益がある場合、翌年1月31日までに「信託の計算書」を税務署へ提出する必要があります。
「家族に任せるだけ」ではありません。 受託者になる方の理解と同意が必須です。
4. 受託者が先に亡くなるリスク
親が90代、子が60代というケースでは、受託者が先に亡くなることがあります。
第二受託者を契約で定めておいてください。 定めがないと、信託が終了してしまうことがあります。
5. 費用がまとまってかかります
設計・契約書作成・登記で、初期費用が発生します。
費用の考え方
家族信託は「設計時にまとめてかかる」、後見は「継続してかかる」という違いがあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 専門家へのコンサルティング報酬 | 信託財産の評価額に応じて決まることが一般的です |
| 公正証書の作成手数料 | 公証役場へ。必須ではありませんが、実務では強く推奨されます |
| 信託登記の登録免許税 | 土地:固定資産税評価額の1000分の3(令和8年3月31日まで/本則は1000分の4) 建物:固定資産税評価額の1000分の4 |
| 司法書士への登記報酬 | 依頼先により異なります |
| 信託口座の開設 | 金融機関により異なります |
具体的な金額は、財産の内容と依頼先によって大きく変わります。 見積りを取り、内訳を書面で確認してください。
登録免許税の軽減措置には期限があります。 実行前に最新の税率をご確認ください。
任意後見と比べると——
| 家族信託 | 任意後見 | |
|---|---|---|
| 費用の発生 | 設計時にまとまって | 本人の死亡まで継続(監督人の報酬) |
| 10年続いた場合 | 追加費用は原則なし | 監督人の報酬が10年分 |
期間が長くなるほど、家族信託のほうが総額では抑えられることが多くなります。
任意後見・遺言との使い分け
| やりたいこと | 家族信託 | 任意後見 | 遺言書 |
|---|---|---|---|
| 判断能力低下後の自宅の売却 | ◎ | △(許可・同意が必要) | × |
| 賃貸物件の管理・建替え | ◎ | △ | × |
| 施設入居契約・医療の手続き | × | ◎ | × |
| 預貯金全般の管理 | △(信託した分のみ) | ◎ | × |
| 財産を誰に渡すか | ○ | × | ◎ |
| 二次相続の先まで指定 | ◎ | × | × |
| 取消権(消費者被害からの保護) | × | ×(法定後見なら○) | × |
「どれか一つ」ではなく、組み合わせるのが実務です。
よくある組み合わせ
自宅と収益不動産 → 家族信託
施設入居・医療・その他の財産 → 任意後見
信託しなかった財産の承継先 → 遺言書
亡くなった後の手続き → 死後事務委任契約
おひとりさまが生前に準備すべき5つの契約【チェックリスト付き】
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【新宿区・中野区・世田谷区にお住まいの方へ】
この3区は、家族信託が最も効く地域のひとつです。
理由1 自宅の資産価値が高い
自宅の土地だけで数千万円から1億円を超えます。判断能力を失うと、この金額がそのまま凍結されます。
「施設に入るので自宅を売る」という想定が最も多いにもかかわらず、その時点では売れない——これが現実に起きています。
理由2 賃貸物件をお持ちの方が多い
アパート・マンション・駐車場。大規模修繕や建替えの判断が、判断能力の低下で止まります。
ただし損益通算できない点は、必ず検討してください。 建替えの年に大きな赤字が出ると、他の所得と通算できません。建替えを終えてから信託するという順番も選択肢です。
理由3 二次相続まで見据える必要がある
都心の不動産は分けにくく、二次相続で揉めやすくなります。受益者連続型で、その先まで決めておく価値があります。
一方で注意点もあります。 都心では信託口座を開設できる金融機関が限られることがあります。契約前に、口座を作れる金融機関を確認しておいてください。
よくある質問
Q1. 家族信託で相続税は減りますか。
A. 減りません。 信託受益権は、信託財産を持っているのと同じように評価され、相続財産として課税されます。家族信託そのものに節税効果はありません。 効果があるのは「判断能力を失っても対策を続けられる」という間接的な部分です。
Q2. 信託すると贈与税がかかりますか。
A. 委託者と受益者が同じ(親が託して、親が利益を受ける)なら、かかりません。 財産が実質的に移っていないためです。委託者と受益者が違う場合は、受益者に贈与税がかかります。 設計を誤ると高額な贈与税が発生しますので、必ず専門家にご確認ください。
Q3. 認知症と診断された後でも契約できますか。
A. 判断能力が不十分と判断されれば、できません。 契約の意味を理解できる状態である必要があります。軽度のうちなら可能な場合もありますが、進行してからでは間に合いません。すでに判断能力を失っている場合は、法定後見しか選べません。
Q4. 任意後見とどちらがよいですか。
A. 目的が違うので、比較ではなく組み合わせです。 自宅や賃貸物件の管理・処分なら家族信託、施設入居契約や医療の手続きなら任意後見です。家族信託では身上保護ができません。両方を用意しておくのが実務での標準です。
Q5. 受託者は誰でもなれますか。
A. 未成年者はなれません。 また受託者には分別管理義務・帳簿作成義務・報告義務があります。信託専用の口座を作り、年1回受益者へ報告し、収益が年3万円を超えれば税務署へ「信託の計算書」を提出します。負担を理解できる方でないと務まりません。
Q6. 信託した賃貸物件が赤字になったら。
A. 他の所得と損益通算できず、翌年へ繰り越すこともできません。 信託していない不動産の黒字とも通算できません。大規模修繕や建替えの年に、この制約が重く効きます。 賃貸物件を信託する場合は、修繕計画と併せてご検討ください。
Q7. 費用はどのくらいですか。
A. 財産の内容と依頼先によって大きく変わります。 コンサルティング報酬、公正証書の作成手数料、信託登記の登録免許税(土地は固定資産税評価額の1000分の3・令和8年3月31日まで、建物は1000分の4)、司法書士報酬などがかかります。見積りの内訳を書面でご確認ください。
Q8. 誰に相談すればよいですか。
A. 信託契約書の設計・作成は、弁護士・司法書士の業務です。税理士は行えません。 当センターでは提携する専門家をご紹介し、「信託して税務上どうなるか」「そもそも信託が必要か」の検討を担当します。節税目的の提案には特にご注意ください。
まとめ
- 家族信託は、財産の管理・処分の権限を家族へ託す仕組みです
- 委託者・受託者・受益者の3つの役割で成り立ちます
- 判断能力を失っても、受託者が自宅を売却したり賃貸物件を管理したりできます
- 家族信託そのものに節税効果はありません。 相続税は変わりません
- 委託者=受益者なら贈与税はかかりません(財産が実質的に移らないため)
- 遺言書と違い、二次相続の先まで承継先を決められます(受益者連続型)
- 身上保護(施設入居契約・医療の同意)はできません。 任意後見との併用が前提です
- 信託した不動産の損失は損益通算できず、繰り越しもできません
- 受託者には分別管理・帳簿作成・報告の義務があります
- 費用は設計時にまとまってかかります(後見のような継続報酬は原則なし)
- 判断能力があるうちでなければ契約できません
- 契約書の作成は弁護士・司法書士の業務です
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監修者
天尾信之(あまお のぶゆき)
税理士(登録番号 第136528号/東京税理士会)
税理士法人Ambitious 代表/新宿相続・生前贈与相談センター
相続・事業承継の相談実績3,000件超。手がけた相続税申告のうち、税務調査に至った割合は1%未満。
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登録者42,000人・累計729万回再生(2026年8月時点)。
出典
- e-Gov 信託法
- e-Gov 租税特別措置法
- e-Gov 民法
- 法務省 成年後見制度・成年後見登記制度
- 国税庁 No.4152 相続税の計算
- 国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
- 国税庁 No.4614 貸家建付地の評価
※本記事の内容は2026年9月時点の法令に基づいています。登録免許税の軽減措置には期限がありますので、実行前に必ず最新の税率をご確認ください。

