遺産分割前の預貯金払戻し制度|葬儀費用を先に引き出す方法

監修:天尾信之(税理士・登録番号 第136528号/税理士法人Ambitious 代表)
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公開日:2026年9月10日 最終更新日:2026年9月12日


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【結論】遺産分割前でも、1金融機関あたり最大150万円まで引き出せます

2019年7月1日から、遺産分割が終わる前でも、相続人が単独で預貯金の一部を払い戻せるようになりました(民法909条の2)。金額は「相続開始時の預貯金債権額 × 3分の1 × その相続人の法定相続分」で計算し、同一の金融機関につき150万円が上限です。他の相続人の同意は要りません。葬儀費用、当面の生活費、医療費の精算などに使えます。ただし払い戻した分は、その相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされます。また使い方によっては相続放棄ができなくなるおそれがあるため、借金の有無が分からないうちは慎重に判断してください。

ポイント内容
根拠民法909条の2(2019年7月1日施行)
計算式相続開始時の預貯金債権額 × 1/3 × その相続人の法定相続分
上限同一の金融機関につき150万円(法務省令)
他の相続人の同意不要
家庭裁判所の判断不要
払い戻した分の扱いその相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされます
注意点使い方によっては相続放棄ができなくなるおそれがあります

なぜこの制度ができたのか

2016年12月19日、最高裁が「預貯金は遺産分割の対象になる」と判断しました。

それまでは、預貯金は相続開始と同時に法定相続分に応じて自動的に分割されるという扱いで、各相続人が自分の相続分だけなら単独で払い戻せると考えられていました。

この判断により、遺産分割が終わるまで誰も引き出せないことになりました。

その結果、次のような事態が起きました。

  • 葬儀費用を相続人が立て替えるしかない
  • 被相続人の入院費・施設利用料が精算できない
  • 被相続人の収入で生活していた配偶者が、生活費に困る

この不都合を解消するために設けられたのが、この制度です。


いくら引き出せるか

計算式

相続開始時の預貯金債権額 × 3分の1 × その相続人の法定相続分

そして、同一の金融機関につき150万円が上限です。

計算例1:上限に届かない場合

相続人:配偶者と子2人(法定相続分 配偶者1/2、子は各1/4)
A銀行の普通預金:600万円

相続人計算払戻し可能額
配偶者600万円 × 1/3 × 1/2100万円
子①600万円 × 1/3 × 1/450万円
子②600万円 × 1/3 × 1/450万円

計算例2:上限にかかる場合

相続人:配偶者と子2人
B銀行の普定期預金:3,000万円

相続人計算上限適用後
配偶者3,000万円 × 1/3 × 1/2 = 500万円150万円
子①3,000万円 × 1/3 × 1/4 = 250万円150万円

計算上は500万円でも、150万円が上限です。

150万円は「1金融機関あたり」です

ここを誤解している方が多くいます。

誤解正しい理解
口座ごとに150万円
支店ごとに150万円
金融機関ごとに150万円

同じ銀行に複数の口座があっても、合計で150万円までです。

一方、A銀行で150万円、B信用金庫で150万円、ゆうちょ銀行で150万円——これは可能です。取引先が複数あれば、その分だけ確保できます。

複数の口座がある場合の按分

同一の金融機関に複数の口座がある場合、口座ごとに「残高 × 1/3 × 法定相続分」を計算し、その合計が150万円を超えるときは、150万円の枠内で配分します。どの口座から引き出すかは、申請時に指定するのが一般的です。


必要な書類

金融機関ごとに異なりますが、おおむね次のものが必要です。

書類目的
被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍・改製原戸籍を含む)相続人が誰かを確定するため
相続人全員の現在の戸籍同上
払戻しを受ける人の印鑑証明書本人確認
払戻しを受ける人の本人確認書類同上
金融機関所定の払戻請求書

「他の相続人の同意書」は不要ですが、「相続人が誰か」を示す戸籍一式は必要です。
つまり戸籍集めは避けられません。 ここが最も時間のかかる部分です。

法定相続情報一覧図があれば、戸籍の束の代わりに使えます。

戸籍謄本の集め方|2024年の広域交付制度で何が変わったか


3つの注意点

注意点1 相続放棄ができなくなるおそれがあります

これが最も重要です。

相続財産を処分すると、単純承認をしたものとみなされることがあります(民法921条1号)。単純承認とみなされると、借金も含めてすべてを相続することになり、相続放棄はできません。

では、仮払いを受けたら必ず単純承認になるのでしょうか。

一律にそうなるわけではありません。 判断の分かれ目は「何に使ったか」です。

使途一般的な考え方
社会通念上相当な範囲の葬儀費用処分にあたらないと解される余地があります
被相続人の入院費・施設利用料の精算同上
相続人自身の生活費・買い物処分とみなされるおそれが高い
他の債務の返済に充当処分とみなされるおそれが高い

借金の有無が分からないうちは、引き出さないのが安全です。

どうしても必要な場合は、金額を必要最小限にとどめ、領収書をすべて保管してください。そして相続放棄を検討しているなら、引き出す前に弁護士・司法書士へご相談ください。

相続放棄の3か月ルール|期限を過ぎた場合の対処法

注意点2 遺産の一部分割により取得したものとみなされます

払い戻した金額は、その相続人が遺産の一部を先に受け取ったものとして扱われます。

つまり最終的な遺産分割の際に、その分が差し引かれます。

【例】 遺産6,000万円、相続人が子2人(法定相続分は各1/2=3,000万円)
長男が仮払いで150万円を受け取った場合

相続人最終的な取り分実際に追加で受け取る額
長男3,000万円3,000万円 − 150万円 = 2,850万円
次男3,000万円3,000万円

「もらい得」にはなりません。

注意点3 葬儀費用は債務控除の対象ですが、範囲が決まっています

葬式費用は相続財産から控除できますが、何でも控除できるわけではありません。

控除できるもの控除できないもの
通夜・本葬(葬式・葬送)に要した費用香典返しの費用
火葬・埋葬・納骨の費用墓碑・墓地の購入費、墓地の借入料
お布施・読経料・戒名料初七日・四十九日など法会に要する費用
遺体・遺骨の運搬にかかった費用医学上・裁判上の特別の処置に要した費用
遺体の捜索、運搬に要した費用

領収書のないお布施も控除できます。 支払先・日付・金額をメモに残しておいてください。


150万円で足りない場合

家庭裁判所の保全処分

遺産分割の調停や審判を申し立てたうえで、家庭裁判所に仮分割の仮処分を申し立てる方法があります(家事事件手続法200条3項)。

認められれば150万円の上限を超えて引き出せます。 ただし遺産分割の申立てが前提で、必要性を疎明する必要があります。時間も手間もかかります。

家庭裁判所への申立ての代理は、弁護士の業務です。
当センターでは提携する弁護士をご紹介します。

生命保険金

保険金は受取人固有の財産です。 遺産分割を待たずに受け取れ、上限もありません。

生前の備えとしては、これが最も確実です。 500万円 × 法定相続人の数まで非課税枠もあります。

生命保険金は相続税の対象?500万円×法定相続人の非課税枠

相続人による立替え

実務では、これが最も多い方法です。 立て替えた領収書を保管しておけば、遺産分割の際に精算できます。


【新宿区・中野区・世田谷区にお住まいの方へ】

東京では、この制度が効きやすい面と、効きにくい面の両方があります。

効きやすい面:都心では取引金融機関が複数に分かれていることが多く、A銀行150万円+B信用金庫150万円+ゆうちょ銀行150万円で、合計450万円を確保できるケースがあります。

効きにくい面:東京の葬儀費用は全国平均より高くなる傾向があり、150万円では足りないことがあります。また都心のマンションでは管理費・修繕積立金の引き落としが止まるため、そちらの手当ても必要です。

そして最も多いご相談が、これです。

「配偶者の年金と預金で生活していた。口座が止まって、来月の生活費がない」

この場合、仮払い制度が最も直接に効きます。 相続放棄を考えていないのであれば、まず配偶者の分を引き出して当面をしのぎ、並行して遺産分割を進めてください。

相続手続きの流れ|期限一覧と誰に頼むかの判断


よくある質問

Q1. 150万円は口座ごとですか。

A. 違います。同一の金融機関につき150万円です。同じ銀行に3つ口座があっても、合計で150万円までです。一方、銀行が違えばそれぞれ150万円まで引き出せます。

Q2. 他の相続人の同意は必要ですか。

A. 不要です。 これがこの制度の要点です。ただし「相続人が誰か」を示す戸籍一式は必要なので、戸籍集めは避けられません。

Q3. 相続放棄を考えていますが、葬儀費用を引き出しても大丈夫ですか。

A. 慎重にご判断ください。 相続財産を処分すると単純承認とみなされ、相続放棄ができなくなるおそれがあります。社会通念上相当な範囲の葬儀費用であれば処分にあたらないと解される余地はありますが、確実ではありません。 引き出す前に弁護士・司法書士へご相談ください。

Q4. 引き出した分は、後で返さなければなりませんか。

A. 返す必要はありませんが、遺産の一部を先に受け取ったものとして扱われます。 最終的な遺産分割で、その分が差し引かれます。自分の取り分を超えて引き出した場合は、精算が必要になります。

Q5. 引き出したお金は、何に使ってもよいですか。

A. 法律上、使途の制限はありません。 ただしQ3のとおり、使途によっては相続放棄ができなくなります。 また他の相続人から使途の説明を求められることがあります。領収書を残してください。

Q6. 定期預金からも引き出せますか。

A. 引き出せます。 ただし満期前の解約となるため、利息の扱いが変わります。 金融機関によって取扱いが異なりますので、窓口でご確認ください。

Q7. 遺言書がある場合はどうなりますか。

A. 遺言書で預貯金の取得者が指定されている場合、その人が遺言書に基づいて払い戻しを受けられます。 仮払い制度を使う必要はありません。遺言書があるかどうかを先に確認してください。

Q8. 相続税の申告では、引き出した分はどう扱いますか。

A. 相続開始時点の残高が相続財産です。 仮払いで引き出しても、相続財産の総額は変わりません。 また葬儀費用に充てた分は、債務控除の対象となる範囲で控除できます。香典返しや法要の費用は控除できませんのでご注意ください。


まとめ

  • 2019年7月1日から、遺産分割前でも単独で預貯金を払い戻せます(民法909条の2)
  • 計算式は「相続開始時の預貯金債権額 × 1/3 × その相続人の法定相続分」
  • 上限は同一の金融機関につき150万円。 口座ごと・支店ごとではありません
  • 他の相続人の同意も、家庭裁判所の判断も不要です
  • ただし戸籍一式は必要です。法定相続情報一覧図で代えられます
  • 払い戻した分は、遺産の一部分割により取得したものとみなされます
  • 使い方によっては相続放棄ができなくなるおそれがあります。 借金の有無が不明なうちは慎重に
  • 葬式費用の債務控除には範囲があります。香典返し・墓地の購入費・法会の費用は対象外です
  • 150万円で足りないときは、家庭裁判所の保全処分(申立ての代理は弁護士の業務)
  • 生前の備えとしては、生命保険が最も確実です

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監修者

天尾信之(あまお のぶゆき)
税理士(登録番号 第136528号/東京税理士会)
税理士法人Ambitious 代表/新宿相続・生前贈与相談センター

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出典

※本記事の内容は2026年9月時点の法令に基づいています。必要書類は金融機関によって異なりますので、各金融機関の案内をご確認ください。



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